存亡の危機、「一澤帆布」ブランド

京都の人気ブランド鞄、「一澤帆布(いちざわはんぷ)工業」(京都市東山区)の臨時株主総会で、前会長の三男・一澤信三郎社長ら取締役3人が解任され役員の交代が行われた。
しかし信三郎氏は、別のブランド名で鞄製造を始める方針を表明し、従業員の大半が既に同氏とともに一澤帆布工業を離れており、「一澤帆布」ブランドの製造販売は当面ストップする見通し。

三男・信三郎氏は、亡くなった父 信夫氏とともに、25年間一澤帆布工業を経営してきた。
一澤帆布分裂の原因は兄弟間の相続争いで、信夫氏の死後、これまでまったく一澤帆布の経営に関わってこなかった長男・信太郎氏(愛知県で銀行員、定年)が、信三郎氏が持つ遺言状とは別の遺言状を持って現れた。
信三郎氏の持つ遺言状は巻紙に毛筆、実印が押してあるが、信太郎氏が持つ第二の遺言状は、便箋にボールペンで書いた物で、印鑑も三文判。
しかし、最高裁まで争った結果は信太郎氏が持つ遺言状であったため、信三郎氏は強行に行われた株主総会で社長を解任された。
しかし労働条件の改善や、モノ作りへのこだわりなどに裏打ちされた信三郎氏への信頼は強く、製造部門の従業員(職人)は全員についていくことを決め、信太郎氏は株式の3分の2超を相続し商標等の権利を得たものの、モノ作りは現在ストップしている状態。

信三郎氏は「従業員と共に新ブランドの鞄を作る。新たな工場を探して製造体制を整えたい」と話し、
信太郎氏は「一澤帆布工業に損害を与える」として、類似かばんの製造差し止めなどを求める法的手続きをとる意向。「戻る意思のある従業員を受け入れる、リタイアした職人などの再雇用で『一澤帆布』のかばん製造を続けたい」との事。

2006年03月23日 更新
信三郎氏は21日、新しいブランド「信三郎帆布」と「信三郎布包(かばん)」をつくり、4月6日からかばんなどの販売を始めることを明らかにした。
一澤帆布工業の店舗と通りを隔てた斜め向かいに店舗を構え、一澤帆布工業の製造部門を請け負っていた「一澤帆布加工所」の従業員が製品をつくり、新会社「一澤信三郎帆布」が販売する。

一澤帆布加工所
一澤帆布加工所スタッフからのメッセージ

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Posted 2006年3月4日 12時18分42秒 in Design Revue by junichi_y Comments (3)

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